しお(塩)らしいお話

2018.9.20(木)

      
「塩分控えめに」「塩分摂り過ぎてはいけませんよ」
こんな言葉をよく聞く。体を守るために必要なことを言っている言葉である。だが、問題はそこから始まった。


現在受けている治療を担当する医師、看護師、栄養士から、口酸っぱく言われれば、毎食の塩分に必要以上配慮するようになってしまう。これは当然。


私は考えた。ただでさえ、日頃から塩辛いものは好まないので、塩を使うことはあまりない。そこから行う「マイナス塩」とはどういった状態をイメージすればようのだろうか、と。ちなみに、私の生家はどちらかと言えば薄口派で、出汁味に重きを置いた味付けをする。それで育っているので、そもそも塩漬け生活はしていない。


数年前、家人が東京に入院したとき、その病院の食堂で<そうめん>を食べたことがあった。自分の地元と違って、本当につゆと麺だけの寂しいお膳だった。とりあえず、そうめんをつゆに浸け、口に運んだ。ゲエエエエーッ!! 


weep  涙が出るほど辛かったのだ。あまりの辛さに身震いしながら無理して飲み込んだが、ちょっと考えて、先に来ていたコップの水をつゆの中にジュブジュブ注いで、かき混ぜて、もう一度<そうめん>を浸して、口に入れてみた。辛さは多少収まったが、おいしくないのなんのって。結構な値段だったので、その場はかなり我慢して体に突っ込んで帰った。それは食べたというような状態ではなかったし、だいいち体が満足していなかった。


次にその食堂に行ったときも、ほかに食べたいものがなかったので、性懲りもなく<そうめん> を頼んでしまった。待つこと30分。長すぎる。そして……運んでこられたお店の方から、いきなり「おいしくなかったですかねえ?」と言われてしまった。coldsweats01


「え?」と言うと、「この前、見ていました。お水多めに持ってきましたので、お味を調整してみてください……」というようなことを言われてしまったのだった。あ、見られていたのだ、とちょっと気まずい思いをしたが、お店の方は、「どちらからお越しですか?」と訊く。「西の方です」と答えると、「あちらは出汁味がきいたつゆでしょうね」と言う。「そうですね、出汁もですが、味そのものが薄味になると思います」「それでは、この辺のでは辛かったでしょうね」「はあ、すみません」「いいえ、気になさらないでください」などというやりとりの後、結局水でさんざん薄めて、シュルシュルと食べた。 happy01paper


私の育った地方では、そうめんの上に味付きの椎茸、きゅうり、トマト、錦糸卵、ハムなどを薄切りにして載せて食べる。出汁を利用したつゆで食べると非常においしい。文化の違いと言えばそれまでだが、ここまで味が違うというのは、このときが人生初の体験だったかもしれない。


あれから、いくら東京の方で「このお店はとてもおいしいです restaurant」なんて紹介されたって、絶対私の口には合わない、東京の味覚って、どうよ!! とひねくれた見方をするようになってしまった。


さて、話題を戻そう。塩分を控えめにと病院から言われたものの、現状からどう控えればよいのかわからないまま時を過ごし、血液検査で結果を見た。 eye ゲエエエエー、ゲ、ゲ、ゲ……、正常範囲を下回っているではないか。しかも医師に言われた言葉、「塩分は1日3~6グラムは摂ってください」。じゃあ、私の場合、塩分が不足しているってことじゃん。


フツウに食べてもやや少ない状態だったのに、病院側は一律に「塩分は控えめに」と言い渡していたってこと? 困るなあ、そういういい加減な指導という名の命令は。世の中には私のような味覚、食生活の者もいれば、あの辛い<そうめん>の地域のような味覚、食生活の者もいる。東北は塩分多めの地域だというが東京の<そうめん>よりももっと辛いのかもしれない。これらに対して「塩分は控えめに」と一律に言うのって、なんかおかしい。病院側って、その辺の矛盾に気がついたことってないのかなあ。すっごく疑問です。

以上、少し過去のお話でした。チャン、チャン notesnotesnotes

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今日

2018.9.19(水)

今日は私の誕生日でした。
古い母子手帳によると、夕方6時頃に生まれたようです。
取り上げたのは実の祖母、助産師をしていました。

特に変わったことのない一日でした。
特別何かおいしいものを食べたとか、プレゼントをもらったとか、何もありませんでした。

一人だけ、「ハッピーバースデー……」と言ってくれた人がいました。いつも通っている病院の看護師さんです。おとといの治療中、 明後日は……と話したのを覚えてくださっていたのです。まあ、これだけでも誕生日なのだなあ、とその気になることができたので少しだけ嬉しかったです。

でも、一つだけムカッとしたのは、隣で治療を受けていたおじさんが「今日は9月18日」と何度も繰り返していたことでした。看護師さんが「19日でしょ」と何度訂正しても、「いや、18日じゃ!」と主張していました。なんか文句あるんですかい!! 思わず怒鳴りそうになりましたけど、無視しました。

あ~、もう●●歳か。なんだかなあ。複雑な気持ちです。 

      present  birthday  virgoshine  wine  apple 

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明後日

2018.9.17(月)

      
  秒針が60秒で0のところに移動するように、長針が60分で0のところに移動するように、私の歳も60年で還暦を迎えた。でも、私の場合は0のところに移動したわけではない。新しい周回を始めるスタート地点に立ったのだ。同じように、秒針も長針も、1周回っては新しい時を刻むスタート地点に立っているのだ。時は、いつだって前へ前へ進んでいる。私の命も前へ前へ進んでいる。時に終わりはないが、命にはいずれ終わりが来る。


 ……なんてことを柄にもなく考えてみた。明後日は私の60ン回目の誕生日。ま、あまり嬉しいことでもないんだけどね。アムロちゃんとか、安倍ちゃん、麻生ちゃんと同じ乙女座で、安倍ちゃんと同じ金星人+、似た運勢を持っているのかどうか、知りたいなあ。ちょっと興味ある。


 プレゼントなんて、もうほしいとも思わないし、ケーキもご馳走も食べたいなんて思わない。そうだ! そういえば昨日またノートパソコンを買ってしまった。2ヶ月前に買ったばかりなのに、いろいろと気に入らない点が目立つものだから、これでは死んでも死にきれない、と思って買ってしまった。これが唯一の自分へのプレゼントかな。日頃、たいして贅沢はしていないから、これぐらい許してもらえるよね。 
 

cake wine noodle bottle fastfood bar riceball beer cherrycherry cake banana cafe

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年に一度の母

2018.9.14(火)   

 今月9日から10日に日付が変わった頃、不意に目が覚めた。なんだか起きなければならないことがあったような気がしたからだ。しばし考える。


 わかった。夢だ。


 母の夢を見た。現在の家の玄関に薄い布団か布にくるまれた母の遺体が置かれていた。それを、佐川急便に頼んで生家に送り届けてもらおうとしていた。寿司7パック分の金額を払うように言われる。1パックが120円、と誰かが教えてくれる。家人が計算機で計算して、約7万円だね、と言う。あの距離で遺体搬送が7万なら、まあまあの金額だと思う。その間、遺体は玄関の靴を脱ぐ部分にずり落ちそうになりながらも、元の状態を保っていた。


 考えてみれば、母に対して失礼なことである。実際は、平成26年9月10日に通夜、11日に葬儀・火葬、12日に納骨を済ませている。お寺さんにも相談して永代供養をお願いしている。


 だが、生家の仏壇は開店休業状態で、遠方に住み、目を悪くして運転もできない私はその後の法要とか日々のお祈りとか、何もしていない。罰当たりなことだとは思う。しかしだ、たとえ仏壇と一緒に暮らしていても、何もできていないと思っている。


 なぜか? 私は異常な怖がりで、仏壇とは得体の知れないお化けのようなものが出てくる場所、というイメージしかない。そもそも、私にとってだだっ広い生家の家の中は、まったくの恐怖のブラックボックスとか表しようがない。入ったら最後、何が起こるかわからない。前にも言ったように、蛇も自由に出入りする場所に、お化けも自由に出入りしたって何の不思議もない。遠回しになったが、だから私は家の中に入って仏壇のある部屋に行くことができない。そんな私が、仏壇の前で線香のニオイを嗅いだり、お供えをしたりなんて到底できるわけがない。お供えを置くときに奥の方から何物かが手を引っ張ったらどうするのだ? と考えるだけでぞっとする。


 なぜ私がこんな怖がりになってしまったのか。原因は母親であろうと思っている。私が小さい頃から、母は怖い話をよく聞かせてくれた。私は、怖いがおもしろいので、本気になって聞いていた。想像力が豊かで感受性の強い私(自己評価 happy01scissors!!)は、頭の中でリアルな場面を浮かべては負の反芻をし、いつの間にかそれらを現実のものと認識するようになっていたのである。結果、現在のような私になった。


 母は、自分が旅立った火葬後の夜、私の夢に出てきて、怖くない一番いい笑顔でお別れの挨拶を述べた。私は天に昇っていく母を見送った。同じように母は自分がこの世での命を終えた時間に、私の夢に現れる。ほぼ毎年である。今年も、忘れていたわけではないが、就寝前には「今夜がその日」という意識を全くもっていなかった。それなのに、母は忘れず現れた。この現象をどう捉えればよいのか、私にはわからない。怖いような、そう考えてはいけないような。とても複雑な気分である。  catfacesweat02


追って、19日は父の命日、私の誕生日でもある。

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第62回 群像新人文学賞

2018.9.11(火)


 10月31日締切「第62回 群像新人文学賞」の募集要項を見た。この前からの事件のこともあってちょっと気になっていた。この賞が求めている小説とはいったいどのようなものなのか知りたかったのである。これに応募しようとしている方々は今頃、一心不乱に書き込んでいらっしゃることでしょう。世の中には数々の小説新人賞はあるけれど、群像はいったいどんな作品を募集しているのか、あちこち読んでみた。で、わかったこと。


・伝統ある純文学の新人賞。選考基準は高い。
・個性的な作品。冗長な文学作品が好まれる。
・人間性や物語を立ちあがらせる作品。
・ユーモア、スピード、エピソードの使い方などに個性や魅力を感じる作品。
・頭が混乱しているような作品。
・技巧が凝らされた作品〔メタ構造など〕


 結局、わかったことを並べてみても、よくわからない。逆に言えば、受賞作品を見て、「これがそうなのか、ふ~ん」で捉えるしかないのかなあ。


 だいたい「個性的な作品」て、何だ? 盗用剽窃でなければ、大方はオリジナルな作品だよね。それ、個性的と言うんでしょ。「冗長な」とは、さらに奇っ怪。多くの辞書には「文章・話などが、むだが多くて長いこと」との説明があるが、額面通りに受け取っていいの? 誰かが言っていたけれど、外国の長編小説には冗長なのがよくあって、読みはじめてからおもしろくなるところまで辿り着くのに時間がかかるが我慢して読む。または、出はじめからしばらくのおもしろくない内容に嫌気がさして読むのを断念してしまう。そういったことがあるらしい。そういう類いの、本題とは別のいわゆる面倒くさい部分を含む作品を推奨しているってこと?  もう、訳わからん。「頭が混乱しているような」とは、これはもしや『美しい顔』の前半部分のような感情の起伏を繰り返し巻き返し、畳みかけるように並べ立てる表現を推奨するってこと? あー、もうしっちゃかめっちゃか。で、そのうえ技巧を凝らせ、だと?


 ちょっと考えただけでも、こんな作品を書く人は書いているうちに自己崩壊、破綻してしまうんじゃないかと、要らぬ心配をしてしまう。そんな作品のどこをどう、読者は読めばいいって言うの?

 選考委員の先生方の「応募お誘い」の文言から何かヒントがいただけるだろうかと考え、読んでみた〔注;全文は引用しません〕。 


  柴崎友香センセイ
  「世界と言葉とのはざまで今書かれようとしているそれが、これからの『小説』を更新していく」ここの意味がなんとなくしかわかりません。

高橋源一郎センセイ
  言わんとしておられることは大体理解できました。ただ「『それ』を書きたいと思い、実際に、書き始めた時から、応募者のみなさんとわたしは、書くという事業を共にする同志だ」というところ、「共に」が「一緒に」でなく「共通と(する)」ほどの意味だということはわかるが、そんなに安易に「同志」呼ばわりしてもいいんですか?

多和田葉子センセイ
 「数多くの言語で書かれた数多くの古典に支えられているおかげ」という部分の「古典」は具体的にどこの、いつ頃の、何を指しているのか。東西の古典文学、または先行作品全般を指すのか、文脈からは読み取りづらい。

野崎 歓センセイ
 「正体不明の新人として書く」ことの自由さをうたうわりに、応募するときには住所、氏名、生年月日や職業、来歴等を書かせる。身元調査、しっかりやってるじゃん。

松浦理英子センセイ
 「孤独な思考の中で研ぎ澄まされた言葉」とは例えばどのような表現をイメージしているのか。言うのは簡単だけど、意味不明。「知性ある獣となって獣道を切り拓くように書いてほしい」の「獣」「獣道」とはどのようなイメージを喩えた言葉か。小説を書くとは、そんなにもおかしくならなければいけないものなのか。(常軌を逸している!?)喩えも胸にストンと落ちる表現にしてほしい。もしかすると、こういう感覚が「頭が混乱するような」に当たるのかもしれないですが。


 とまあ、ズレた感覚で読むからズレた解釈をしてしまうようになる。センセイ方のお誘い文は、さしてヒントにはならないかな。いつも思うのだけど、一流の作家センセイたちの文章は、本当に読みづらい。わかりやすく書くというのはよくないことなんだろうか。私はそうは思わない。


 よく「純文学とはわかりにくいもの」と言われるが、何がわかりにくいの? わかりにくそうに見えることを良しとしている雰囲気があるとすれば、それがおかしい。芥川龍之介とか太宰治なんて、わかる類いの文学だよね。だから読まれる。エンターテインメント文学のようにわかりやすく書けば誰にでも読める。それではなぜよくないの? 


 純文学とは芸術だ、と言われるけれど、限りある言葉を組み合わせたり「てにをは」を工夫したりするのは純文学も大衆文学も同じで、どちらも言語で創造する芸術ではないのかな。この前の芥川賞候補作品には純文学と大衆文学とが混ざっていたように思うけれど、その辺の線引きなんてどうするの? (あれ? 芥川賞って純文学だけではなくて大衆文学も含めるのだったっけ? その辺から、よくわからん)。


 ともあれ、純文学を難しくしているのは、現役作家センセイたちだよね。そう考えると、応募する皆さんは、かなり苦労されるでしょうね。今回はどのような作品が新人賞を受賞するのでしょうか。

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栗毛のイケメン ヤマカツエース

2018.9.6(木)


ショック、としか言いようがありません。

ヤマカツエースが引退するのです。

池添厩舎でお世話をしてもらって、池添謙一ジョッキーを乗せて走っていた、りりしいお馬。
G1をとることはできなかったけれど、緑に白い斜め線の入ったメンコをつけて重賞を走っていましたね。G1とらせてあげたいなあ、といつも思っていたので、引退はちょっと……。右前脚を傷めたとのこと、それでは仕方がないですね。


でも、引退記事を読んだときに添えてあった写真を見てビックリ。裸顔のヤマカツエースって、こんなにイケメンだったんだ~、と改めて見直してしまいました。ちょっと長めの前髪を、右で七三に分けてもらって、なかなかの男ぶりです。しかも彼は栗毛だから、金髪。これはモテモテだろうなあ、人間世界にはこういうヒト、ちょっといないなあ~、とまあ、考えなくていいことを考えてしまいましたよ。


お馬にはイケメンが多い。どうしてかなあ。不思議です。

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こんにちは ビービーガルダン

2018.9.2(日)


horse わあー、ガルダンさんだー。
うれしくて、うれしくて、昨日は午後から 気分upup でしたよ。


「うまDOKI」で、北海道・板東牧場の horse ビービーガルダンさんを映してくれていたので、本当に久しぶりに元気な姿を見ることができたからです。 happy01scissors


名前だけでも強そうなお馬さん horse なのに、走れば強い。速い。カッコイイ。イケメン。几帳面。礼儀正しい。もう、言うことのないお馬さんなんですよねえ。引退直前には、例の大脱走 horsedash でまたひとつ武勇伝が増えたけど。いいのですよ。あれがあったからガルダンさんが、ぐっと身近なヒトになったのですから。


ところで、なぜガルダンさんが tv テレビに登場したかというと、この板東牧場はあのオジュウチョウサンの生まれ育ったところだとかで紹介されたからなのです。私はオジュウチョウサンも大好きなお馬さんで、暮れには是非、有馬記念に出場してほしいと思っています。障害も平地もよく頑張っているところなんか、ガルダンさんと同じで勝負根性を感じます。父上のステイゴールドも、母違いのオルフェーヴルやドリームジャーニー、ナカヤマフェスタ、ゴールドシップたちも、勝負根性のある人気のお馬さんばかりで、とても期待できる血筋ですよね。オジュウのお母さんは現在オルフェの仔を妊娠中とかで、いい仔が生まれてきてくれるのが楽しみです。頑張ってね、オジュウ母さん。


板東牧場、いいですねえ。お馬ファーストの施設設備、食事、その他諸々……。あー、私も板東牧場の馬になりたい、なんて思ったりしましたよ。ま、私はウマ年ウマれなので、まったくのハズレでもないような気がしますけど。えー、気がするだけですけどね。 happy02paper


ガルダンさんのファーストクロップ、今頃どうしているのか知りたいです。お母さん似の外観と、お父さんの体の柔らかさをもっていたように記憶していますが、活躍してくれていたら嬉しいです。生まれた当時は写真を見て、ガルダンさんにこんな可愛い仔が生まれるなんてsign03 と感動しきりでした。毎日写真を見ては、一人でニターと笑っていましたよ。


あー、お馬さんて、いいですね。癒されます。


horse   horse horse  horse  horse  horse   horse   horse horse  dash  dash  dash

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第159回芥川賞選評/所感 ~『送り火』(高橋弘希)を中心に~

2018.8.30(木)


 第159回芥川賞の選評(『文藝春秋』2018年9月号)を読んだ。街に行く機会があったので書店に立ち寄って買ってきた。代わり映えのない花の絵の表紙。『美しい顔』事件もあったことだし、センセイ方はどんなふうに選評を書かれたのだろうかと、いつもより多少、興味があった。

 個人的な感想に過ぎないが、このたびの選評にはかなり圧倒される「力」を感じた。選考委員のセンセイ方がもの凄い熱量で書き込んでおられることがかなり伝わってきた。これは、『美しい顔』の盗用・剽窃事件があって、いい加減に書くと自分の小説家としての立場まで危うくなる、という何らかの防御心が働いたからなのだろうか? とおバカ単純読者の私は思ってしまった。


 ま、それぐらいに感じた批評群だから、センセイ方各々の読解力の差異が露呈してくるようでおもしろい。(この上から目線感、素人だから勝手に言えるんですよね。すみません)。


 まずは『送り火』(高橋弘希)を中心に、選評を比較してみることにした。


 私自身の読後感と最も考えの近いのは、堀江敏幸選考委員の「索敵の果てに聞こえてくるもの」と題された選評だった。「索敵」とは敵軍の位置・状況・兵力などを探ることである。あ、こういう言い方をすればよかったのだ、と一昨日から昨日にかけて書いた粗読所感を思い起こした。索敵という言葉を初めて知ったわけだが、私の言いたかったことも、これと同じ。中心人物の「歩」は実に消極的存在である。描写される光景は歩の見たもの、歩の存在した場面であり、歩の接した出来事である。歩は細微な観察眼をもって他者の行為を捉える行動を為している。これが索敵する行為なのだ、と妙に納得させられた。これまで戦争物を書いてきた高橋氏の思考の流れから考えれば、ごく自然のことのように私も思っていた。センセイの言葉のおかげで、自分の言い表したかったことがスッと纏められたような気になった。


 堀江センセイの選評に次のような箇所がある。(あまり引用が過ぎると営業妨害になってしまうので、気をつけます)。これが、昨日、私の言いたかったことだった。

◆……歩の受難と陰惨な場面の先になにがあるのか。それを問うことは、この作品においてあまり意味がない。限界のなかで索敵を終えた歩の、血みどろになって遠のいていく意識のなかで、シャンシン、シャンシンというチャッパの音を聴き取ることができれば、それでいいのだ。


 ところで、偶然かもしれないが堀江センセイにも『送り火』という著作がある。過去、センター試験にも出題された文章で、高橋氏とは全く異なる内容の、懐かしい雰囲気をもつ清らかな作品である。


 『送り火』について、どのセンセイにも共通していたのは、「ディテールの濃密さ」(宮本輝センセイ)、「鋭利な彫刻刀で掘りだされた的確な文章力」(高樹のぶ子センセイ)「詩的躍動感にあふれ」(島田雅彦センセイ)、「言葉の届かない場所へ読者を運ぶ」(小川洋子センセイ)、「文句のつけようがない描写力」(吉田修一センセイ)と、言い方は違っても高橋氏の抜きん出た描写力・表現力を絶賛していることである。反面、主題が見えにくいとか、行き着く先が分からないとか、どこへ向かおうとしているのか(奥泉光センセイ)などという声もある。あるが、私の考えは先に挙げた堀江センセイの評の通りだと思うので気にならない。驚いたのは山田詠美センセイが「完成度に感嘆しながら、受賞作に推した」と言い切ったところである。川上弘美センセイの、珍しくスッキリしない評語よりは努力した作者への嬉しいご褒美になったと思える。


 同じものを対象として書かれた文章を読むのは、ほんとうにおもしろい。ものの見方が違うのは当然であり、捉え方感じ方が異なるから、また楽しい。選考会の2時間半に及ぶ討議はさぞかし濃密な時間になったことであろう。その場面に私も存在してみたかった。歩を「絶対的な観察者」(吉田センセイ)と言っているが、「絶対的な観察者」というのは、それぐらいのものなのではないかと、思っている。 

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第159回芥川賞受賞『送り火』(高橋弘希) 粗読所感

2018.8.29(水)

              
 鋭く緻密な描写、昭和的、薄暗さ、観察眼、客観視、傍観的、消極的存在、その場に立ち会う、国語教科書的(辻仁成、井上靖)……初読後の感想語である。


 高橋弘希氏の小説を初めて読んだ。手許の『文學界』5月号に「送り火」が掲載されていることに気づいたのはごく最近のことだった。芥川賞をおさめた作品ということで、早速読んでみようと思い、例のごとくその部分だけ引きちぎった。


 読み進めるにつれ、氏の作風は私の好きな部類に入るとわかった。恋愛ものでも、変質者めいたものでも、自分の世界だけに浸りきったものでもない、という内容だったこと。そして、文章が巧いこと。こんな文章が書ける人がこの年齢でいるのだ、と最近の短小軽薄で、文法もままならない文章に食傷気味だっただけに、心底敬服した。さらにその文章が緻密な描写に長け、その世界に誘い込んでくれるところ。文章全体に牧歌的雰囲気や懐かしさが漂い、やや古典的に感じるあたりもよい。もっともこれは読み手の年齢にもよるだろうが。田舎の目に見えるもの、聞こえるもの、匂う(臭う)もの、触れるもの、味わうもの、が細かに描写されることで文章そのものに透明感すら感じられる。山村集落を知っている者なら、それが特に頷きを伴って実感できるはずで、たとえ知らない者でも臨場感を抱くことのできる濃密な表現が文章全体に散らばっている。会話文と地の文のバランスなど、いわゆる昭和の物書きの暗黙の了解的な点が守られていることもすごいなあ、と思う。


 とはいうものの、内容には「暴力」「イジメ」という深刻理不尽な問題が散在し、15歳、中学3年生の転校生「歩」が中心の話だからといって、思春期もの、青春小説と安易に呼べるようなものでもない。。ドラマチックに展開しているとは思わないし、感動を覚える類の話でもない。父親の転勤に伴ってやってきた廃校寸前の小規模校で過ごす歩と地元の男の子たちの関わりが中心に描かれていくのだが、両者の関係は決して濃いものではない。おどけたり笑ったりする場面もほぼない。ただ抵抗のある行為を見せられたり、抵抗のある行為を強いられたりしながらも、歩は男の子たちの存在する場に必ずいた、というストーリーである。


 最後の場面では、卒業生から仕掛けられた暴力によって、同級生たちも暴力をふるわざるを得なくなる。そうしなければ殺されるかもしれないほどの急場に追い込まれてしまっていたからだ。その場にいた歩もまた、ひどい傷を負わされて、果たして命は助かるのかどうかわからないままフェイドアウトしてしまう。クライマックスにはなり得ないような消え方である。


 たぶん、たぶん、としか言えないけれど、この作品を読んだ多くの人が「だから、どうした?」「何が言いたいの?」と、見つけにくいテーマを探すのに戸惑ってしまうのではないかと思った。私は、あまり気にならない。そうした場面の一つ一つに立ち会い、彼らの行為を観察する客観眼・傍観者的態度を作者はテーマにしたかったのだと思ったからだ。思いもかけない事件に巻き込まれるのは、歩だけでなく私たちも例外ではない。事件に巻き込む相手が人間であれ自然であれ、命を危険にさらされることは、いつ、どこで、どのように勃発するかわからない。高橋氏の先行作品には戦争物があるという。詳しく読んでいないので説得力はないが、『送り火』は形を変えた戦争物ではないかと私は思った。


 昔の子どもたちはよく戦争ごっこをした。近くの山から山へ追いかけたり逃げたりして、殺し合った。無論、殺す真似、死ぬ真似、をするわけだが、そうやって遊んだ。『送り火』はその程度が甚だしく、限度を知らない今ふうの、イジメふうの戦争ごっこになっている、それだけだ。人間の奥底にある、未熟な、少年とも青年ともつかない男子たちの残酷さが包み隠さず表現されているだけなのだ、そんなふうに読み取った。これが、特殊な(普遍的ではない)思春期の世界だ、と言われれば、「あ、それもありかな」と頷かざるを得ないが。


閑話休題ーー


 氏は感性がとても鋭く豊かな方なのであろう。叙述にも多くの箇所でうんうん唸らせていただいた。気に入った表現をいくつか列挙してみたい。

○(老婆の)皺だらけの皮膚の中に収まる、妙に瑞々しい眼球で、……。
○畦道の闇が囲い線になり、長方形の夜が何枚も並んでいる。
○窓枠の形に切り取られた日向の中で、母は座布団を枕に横寝をしている。
○その風に”雀色の風”と名前を付けてみる。すると風にいくらか親しみを覚えた。
○目が覚めると、母が置いていったらしい首振り扇風機の風があった。


 ここで、ひとつ疑問を。氏はこの作品をどのような読み手を想定して書かれたのであろうか、ということである。書く者の責任、相手意識である。内容は中学生から高齢の者でもOKだろう。ただ、このままの文章を与えるには一般の中高生は少しキツいかもしれない。漢語/ 漢字の問題だ。まあ、教科書に載せる場合には、その辺は多少変更して収められるから問題はないだろうが、1冊の本として買った場合である。ざっと私の目で見たときに引っかかった漢語/漢字を以下、一部列挙しておこう。

  蹲る・眩い・疎ら・泥濘・纏めて・耳朶・啄む・嚥下・鼾・俯いて・麻幹・覚束ない・橡の木杭・撓わ・代赭色・警策・嬲り・跪いた・脹脛・鎖された


 ルビを振る方法もあるが、振ることで鬱陶しく、シラけてしまうこともある。平仮名表記もいまいちだし。うーん……。あ、あと、高橋氏の表現の特徴「と、」というつなぎの言葉を見つけたよ。


 まだ一度、それも粗読みだから、もう一度読めば考えが変わるかもしれない。失礼なことばかり書き並べて、高橋さん、ごめんなさい。でも、精肉店の稔の両親が作るコロッケの描写はよかったですよ。あまりにリアルで、私はここを読んだ瞬間、ジャガイモをゆではじめ、(了)まで行ったところで玉葱、挽肉、バターを準備して、本当にコロッケを作って昼食に食べました。で、ひと休みをしてこれを書きました。


 いやー、参った、参った。 ※8月28日の記事を一部改変したものです。

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「ミノ虫」(北条裕子『美しい顔』)に想う

2018.8.22(水)



 複数のノンフィクション作品との類似表現が問題となっていた北条裕子氏の「美しい顔」(群像2018年6月号)は芥川賞の受賞を逃した。選考後、委員の島田雅彦氏は「事実には著作権はありませんので、誰もが書く自由はある」としたうえで、「事実を吟味し、自分のなかで換骨奪胎してフィクションの中に昇華する努力が足りなかった」と受賞に至らなかった理由を述べた(選考後の会見より)。


 この一件がなければ受賞に至っていたかどうかは不明である。かといって、受賞した高橋弘希氏の「送り火」はその代替という程度の価値の低い作品だと言ってしまってよいのかどうか。現在、たまたま手許にあった「文學界」2018年5月号に掲載された氏の「送り火」を発見したので粗読中である。精読、味読にまで至る作品かどうかは、後日報告したい。


 で、北条氏のこの事件があってから、私のなかでは「類似発想異表現、同じことを考えて他人と違う表現をすることは果たしてどのくらい可能か???」ということが大課題となっている。例えば北条氏の盗用と言われる表現のひとつ、「ミノ虫」。

A 隙間なく敷かれたブルーシートには百体くらいはあるだろう遺体が整列していて私たちはその隙間を歩いた。すべてが大きなミノ虫みたいになってごろごろしているのだけれどすべてがピタっと静止して一列にきれいに並んでる。(「美しい顔」 『群像』6月号p.40下段)
B 床に敷かれたブルーシートには、二十体以上の遺体が蓑虫のように毛布にくるまれ一列に並んでいた。(「遺体」)


 遺体安置所の情景である。Bの文では「蓑虫のように毛布にくるまれ」と毛布にくるまれた遺体の様を蓑虫に喩えていることがわかるのだが、Aの文章では遺体のどのような姿が「ミノ虫」に喩えられているのかわからない。口を紐で絞る茶色っぽい袋に納められているのだろうか、と考えても責められまい。だがこの文から2文あとにやっと「毛布」という単語が出てくる。


C 一部だけの遺体なのか、ちいさな子どもの遺体なのか、
ほかの毛布の二分の一とか三分の一くらいの大きさしかないのがやたら目につく。(「美しい顔」同上)


 しかし、「ほかの毛布」という言葉が、果たしてAの場面の遺体にも毛布が巻かれていると読み取らせるだけの力があるかどうか、である。


 そもそも私がこの「ミノ虫」を例に取り上げたのは、5月に初めて「美しい顔」を読んだときに最も引っかかった箇所だったからである。私は最初、遺体の四肢がとれてイモムシみたいになっている様子を描写したものかと思った。「ごろごろ」があまりに呼応しすぎて、イモムシ、ゴーロゴロ、と連想で情景を勝手に創り上げかけていた。だが、「ほかの毛布」にも引っかかった。この辺りで、情景が混乱してしまったのだ。Bの文ならば、読んで、しかも写真も一緒に見たのなら、「あ、そっか」と納得できるのだが、言葉を媒介に想を組み立てる読者、特に私のようなボンクラ読者には、AとCの文の関連性が理解できなかったのである。Aの文だけなら、毛布にくるまった姿をミノ虫に喩えているとはわからないので、「ミノ虫」にしなければならない必然性を感じないのだ。

(盗用なら、失敗。類似発想異表現のつもりなら、表現不足、未熟表現!?)


 ならば、「海苔巻き」「葉巻虫」「油揚げの含め煮」「ちくわ」に置き換えてみようか……あ、あ、あ、どれもピンと来ない!! やっぱ、あれはミノ虫のように体の周囲をくるまれているのだから、ミノ虫が一番フイットするんだなあ。どうしてもあの場面を文章の中で再現したい。盗用だろうが何だろうが、使いたい言葉は使いたい。他にちょうどよい言葉が見つからないではないか、となってしまうのかなあ。そんなとき、その表現はもうこの人が使っているからだめよ、と言われたら腹が立つだろうなあ。先に生まれたほうが得じゃん! と怒ってしまうだろうなあ。

   
 本筋から逸れて勝手なことを言ってしまったが、こういう私にも、同じ発想なのに先を越された経験はいくつかある。ブーツのカット。今から40年以上前に初めて膝まであるブーツを履いた。安物のブーツだったが、「これ、花びらの形のカットを入れたらいいかも」とあれこれ思案した。あれからウン十年、そんな靴やブーツが店頭に並んでいるなあ。おしゃれTシャツ。首元が少し広めのTシャツに抵抗があって、中学生の頃使っていたスカートのたすきを1本利用して首下辺りでクロスさせる工夫をしてみた。黒のシャツに黒のたすきだからたいして不細工には見えない。その頃そんなの着ている人は見なかった。その格好で東京タワーに昇り、テレビ東京なんか見学したけど。何年か経って似たデザインの服を着ている人を多く見かけるようになったっけ。


 知的財産的創作物をそっくりそのままパクられたこともある。学習指導案。これについては著作権の有無は不明。たぶん周囲はそれぐらいのことで目くじら立てるな、と言うだろうが。自作脚本。相手は涼しい顔をして生徒たちに演じさせていた。ひと言ぐらい挨拶があってもよさそうなものだが、すまし顔で勝手に使用された。どちらも自分が苦労し工夫して絞り出した知恵と言葉の結集なのに。こうも簡単に使用されてしまうと、腹が立つのを通り越して殴りに行ってやろうかと、何度も青筋を立てたものだ。


 だが、恐ろしいことにパクったこともある。小学校中学年の時、詩を作る授業があった。秋で、窓の外をトンボが飛んでいた。そこで「とんぼのめがねは水色めがね 青いお空を飛んだからかな……」なんてのを作った(つもりになっていた)。教室に掲示されたみんなの作品を鑑賞し合っているときに誰かが担任の先生に「せんせい、この人の詩は……」と、パクリであると訴えたのだ。その頃パクリという言葉はなかったので何と言ったかは定かではない。それを担任に指摘されたとき、さすがにハッとした。そういえば保育園の時に歌っていたことのある歌だあ~、と気づいたのであった。まったく忘れていたけれど、そう言えばそうだった。いつの間にか自分のものになってしまっていたのか、なんだかわからない。だが、そんな不届きなことが実際あった。


 似た生活をしている同じ人間なら、同じ発想をすることはあると思う。それを同じ言葉で表現することもあると思う。それが自分にとって本当に必要な言葉であれば堂々と使えばよい。島田センセイのおっしゃるように「換骨奪胎」の域に達していれば言葉は自分のものになって文章の中に違和感なく溶け込み、生きて働き始めるに違いない。

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