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2009年2月の投稿

支えてくれる星々

2009.02.27(金)  

 疲れ果てたわたしが、それでも何とかやってこれたのは、支えてくれる者がいたからだ。それは辞職する前の年まで勤務していた中学校で、最後に出会った生徒たちである。
 不思議なことに、わたしが辛くてたまらない時、必ず誰かが声をかけてくれた。「今、とても辛い時なの」などと家庭状況を説明したわけでもないのに、女の子も、男の子も、わたしの心の詳細を察しているかのようにタイミングよく声をかけてくれるのだった。
 いつも同じ相手というわけではなかったし、かけてくれる言葉の内容も、いつも同じというわけではなかった。運動会や文化祭といった学校行事のことであったり、ギターやベースの奏法といった趣味のことであったり、その日わたしの着ている洋服の寸評や全日本男子バレーボールチームの中では誰が好きかといったたわいのないことであったりと、本当に様々であった。そんな話に引き込まれているうちに、自然と辛さは遠のいていくのだった。
 極度に辛い時期を迎えていた頃には、四、五人の集団で廊下にいるわたしを取り囲み、笑顔で次々と言葉を投げかけてくれることもあった。まるで、悪霊を遮ってくれる仏の一団であるかのような光景であった。一定期間集中してその行為を続けてくれるうちに、わたしの気持ちは解きほぐされ、癒されていくのを覚えた。
 なかでも、担当クラスのメンバーは本当に優しかった。中学二年生。巷では反抗期だの、心にナイフを持った年齢だのと、神経を尖らせなければならない時期の彼らである。しかし、彼らと一緒に過ごす教室は、暖房器具のない真冬でも暖かかった。だから、休憩時間には他クラスからのお客様が多くて、学校一、人口密度の高い教室になっていた。インフルエンザ流行の時期になっても、最後まで欠席のない唯一のクラスであった。そうやって、元気に過ごしてくれる姿がまた、わたしの辛さを少しずつ減らしてくれてもいた。
 三月に転勤が確定した時のこと。
「絶対に変わらないでほしい。」
「教育委員会に掛け合ってこようか。」
「卒業するまでいて。」
「一緒に授業をしたい。最後まで楽しい授業をしてほしい。」
 口々に叫んでくれる姿にも、実生活の辛さが紛らわされていくのを感じていた。 
 そして。転勤後の新天地で環境に失望し一ヶ月で辞職したわたしの元には、彼らからたくさんのメッセージが届いた。そこまではお決まりのパターンだと思い、そこから先が本当の正念場、いや、孤独な修羅場だと思っていた。
 しかし、彼らは孤独にさいなまれ立ち直れなくなるはずのわたしを見捨てなかった。打ち合わせをしているわけでもないだろうに、その後もいたって静かに、順番に言葉のメッセージを届けてくれるのである。前年度と同じように、学校行事のこと、趣味のこと、たわいのないこと。一つプラスされたのは、受験のことである。わたしに相談してくれるなんて……と、申し訳ないような気持ちでいっぱいになってしまうこともあった。
 ある日、本当に辛くてたまらなくなっていた時、これもタイミングよく声をかけてくれた生徒があった。彼に、その辛い胸の内を少し話すと、「もう一度、この学校へ帰ってきて。去年のように笑える楽しい授業をして。」と言われ、それが元で、「こんな弱音を吐いて気を遣わせてはいけなかった」と、妙に気持ちを立て直すこともあった。歳末には、「年賀状おくるね」と、心の温かくなるメッセージを届けてくれる者もあった。
 わたしが要求しているわけでもないのに、まるで何者かが生徒を通して励ましてくれているかのような二年近くの出来事である。
「父かもしれない。」
 何度、思ったことだろう。

 わたしは彼ら一人一人を星だと思っている。夜空を見上げた時、チカチカと光を放っている静かに輝く星。その星は一つでなく、たくさんがいい。かつて脚本を書いていた頃、行き詰ると夜空を眺めて、月や星に筆が順調に進むことを祈っていた。あの頃の夜空がわたしに与えてくれた安堵感のようなものが、彼らに感じられてならないのである。
 わたしは、夜空の星も彼らも大好きである。

                           『国道315』より抜粋 

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化石に

2009.02.22(日)

足腰が、一向に治りません。
整体にもずいぶん通いました。

予言によれば、私の命はあと2年程度ということですから(happy01
完治しないままで、この世とお別れになりそうです。weep

私の足は化石になるのかもしれません。
自分に新しい発見をさせたくて、
ずいぶん歩いてくれた足です。

この足のおかげで、いろいろな土地にもいくことができました。
演劇も、大学院での研究も、この足が元気だったからこそのものでした。

現在は、歩くことだけでなく、
座ることにも苦痛を感じています。

自分は何のためにこの世に生まれてきたのだろうかと、
このごろ、静かに考えています。

この世の終わりを迎える頃には、
思い残すこともないように、
気になることもなくなり、好きな人も遠くに去り、
「無」の状態になっているのだろうと思います。

最近、仲のよかった人々が遠ざかっていくのは
そのためかもしれないと思っています。confident

私もその方がいいと思います。
すんなりと旅立っていけるからです。

 cherryblossom 願わくば 花の下にて 春死なん・・・・・・

この歌を残した彼の心境、よく分かります。
お天気のよい日、空や山を見ていると、sun
今なら消え去っても悔いはないと思う瞬間があります。

もしも私が死んだら、あなた、一筋ぐらいの
涙を流してくれるでしょうか。

次の世で、もう一度会いたいと
思ってくれるでしょうか。clover

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ショートショート

2009.02.21(土)

cafe このブログに遊びに来てくれる人のトップが、また「東京」になっています。

知り合いたちが、ついに遠ざかって行くようになりました。
去る者日々に疎し・・・の状態で。追いかける気力も情熱もありません。
特に、1週間前、私にショックを与えた知人など、ひどいもので。
人間とは、かくも簡単に裏切ることのできる生き物かと思わされてしまいます。
来るべき時が来た、という心境です。

virgo 実は、こんな時が創作に打ち込む大チャンスなのは、自分でよく分かっています。
創作の神様が、油を売っている私にきっと警告なさっているのでしょう。
そんなに長く残されている人生ではないのに、こんなにグズグズして出版も遅らせたままでいいのかって、きっとおっしゃっているのでしょう。

tennis 早くやらなくては、そう思っています。

ネタは次々と出てきているので、1冊目を急ぎ、ついで2冊目をと考えています。
2冊目は、ショートショートでいく予定です。短編小説仕立てです。

では、創作活動に移ります。

今日はこの辺で。

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気にしていないよ・・?

2009.02.17(火)

この世でどうにもならないと思うことの1つに
「気にしていないよ」「気にしていませんから」の言葉がある。

こちらは、心に留めてほしいとか
時間をかけてよく考えてほしいと思って言うのに

「気にしていない」はないでしょう?

そう答えるのがカッコいいとか思っているのかもしれないけれど
話の脈絡がつかめない、場の空気が読めない
そんな人がよく示す反応なのよね。

こちらはむしろ「気にしているよ」と答えてほしいわけ。

ほら、そこのあなたに言っているのですよ。
何度言っても、伝わらない人は
悲しくなってしまいます。

本当に、おバカ!!!です。

sundespairrainsadthunderpunchsnowcatfacecloudwobbly

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梅祭り

2009.02.15(日)

今日は朝早くから、隣まちで行われている「梅祭り」に行きました。

お祭りブラブラ★というのではなく、お手伝いに行ったのです。

お茶席です。今通っている高校で、茶華道部も担当しているので

部員を引率して行ったというわけです。

で、突然に私にも仕事が回ってきて、受付をやりました。

今日は朝から天気がよくてsun、お客様の出足も最高状態でした。

10時開始で、13時ごろ、ついに脳の疲労がピークとなり sadtyphoon

「900円でございまーす。」

と言っておいて、自分でお客様に900円を渡そうとしていましたね coldsweats01sweat02

優しいお客様で、

happy02「よくあることですよ。私も似たようなものです。」

と、フォローしてくださいましたけど、複雑っsign02

受付の真向かいには、枝垂れ梅の銘木があり、メジロがやってきては

写真を撮るお客様にサービスをしていました。

濃い桃色の梅の花を嘴でツツツっとつついては花びらを散らす仕草が可愛かったです。

cutecutecute

都合8時間のお手伝いでしたが、暖かい日差しの中でのことだったので、

心地よい1日が過ごせました。

お手伝いは、2月1日と今日とで2回になりました。

virgo次は、自分が楽しむために行ってみようと思います。

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それから

2009.02.11(水)

「それから、どうなりましたか?」って、wobbly

息子のこと?

happy02生きていました。捜索願いを出すってメールを送ったら、反応がありました。
2度、家に帰ってきて、すぐまた出て行きました。pigdash pigdash
生きていることが分かっただけでも安心しました。

shine同時に、音信不通だった「ある人」からも突然にメールが届きました。heart04happy01heart04
sun長男からも初めてメールが届きました。

う~~~~ん 春だなあsign02 って思っています。

みんな、あんまり心配かけないでよおweepsweat01

私が本業に打ち込めないではないですかsign03sign03sign03

でも、考え方によっては、書くためのいろんな材料を提供してもらっている気もして・・・案外協力してくれているのかもしれませんね。

これからも、プラス思考につながる協力をお願いしますね。

では、また。

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節分の出来事

2009.02.07(土)

少し前のことになりますが、2月2日(月)の昼間、私がいない時、家の中では大変な事が起きていました。
息子と娘の喧嘩に、大の大人が割って入って、しかも息子が原因を作っていたのに、娘に向かって「おまえが悪い!!」と言って、娘を壁に突き飛ばし、ドンドンdash と、ぶつけたらしいのです。とんだ暴力です。

恐怖を感じた娘は警察に通報し、その大の大人は調書を取られたそうで。

問題はその後です。息子も警官から厳しく叱られ、言葉を失うほどのショックを受けていた様子だったらしいことを娘から聞きました。

翌日は節分でした。「鬼は外、福は内」を、娘と2人、虚しくやりました。

これをする直前に、私は珍しく自分宛のメールを見ました。息子からでした。

「今まで育ててくれて ありがとうございます。」で始まり、この家庭とは関わりたくないこと、自分のことは忘れてほしいことなどか書かれ、「さようなら」で締めくくられていました。

私は息子の生き方を、ずっと可哀想だと思って今日まできました。言葉にできないぐらいの苦しい思いや辛い思いを体験してきているからです。いろんな専門機関に相談もしました。でも、だれも他人事としてしか聞いてくれない、ということがよく分かりました。本人も私も、非常に悲しい思いを繰り返してきました。

本来なら、すぐにでも捜索願いを出して連れ戻すところでしょうが、少し待つことにしました。家に連れて帰っても、家の中には、家族という名の敵がいるのでイヤだろうと思ったからです。

ただ、今日7日が〆切の学校のレポートがあったり、県交通センターからの報せがあったりして、全く連絡の取れないことが困ったことになっているのは確かです。

早く帰ってきてほしいです。でも、どこか敵のいないところで生活をさせてやりたいとも思っています。

2月3日に、家から遠ざかったからといって、私は息子を「鬼」や「悪霊」だとは思っていません。

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