追憶

純愛

heart04confidentheart042009.04.05(日)

◆ガラス窓

真正面から
見ることができなくて
冬枯れの山を
見ているふりをして
ガラスに映ったあなたを
見ていた
わたしの後ろ姿をじっと
見つめてくれる
あなたを
見ていた

ガラスの中に雪が降る

雪の中にあなたがいる

あなたの瞳の中にわたしがいる

★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

前に一度紹介したことのある詩です。
照れ臭さもあって、好きな人の方を向くことはなかなかできません。
でも、顔が見たいときは、こうやってガラス窓の方を見てみることにしていました。
ガラスに映るその人を見ていたかったのです。

そんなとき、相手もこうやって自分を見つめてくれているといいなという思いにさせられていました。heart04

その人は、今、何をしているのでしょうか。
遠出をしているという噂を聞きました。

元気なのかどうなのか、一言だけでも
言葉を送ってほしいです。

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ガラス窓

2008.06.17(火)

真正面から

見ることができなくて

冬枯れの山を

見ているふりをして

ガラスに映ったあなたを

見ていた

わたしの後ろ姿をじっと

見つめてくれる

あなたを

見ていた

ガラスの中に雪が降る

雪の中にあなたがいる

あなたの瞳の中に

わたしがいる

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夾竹桃

2008.06.16(月)

夾竹桃(きょうちくとう)の季節になっています。cuteshine

私の庭の夾竹桃に白い花がたくさん開きました。

5年前、M中の人々と広島に行ったとき秋葉市長さんからいただいたものです。

1年間、M中の池のそばで過ごしました。

広島に原爆が落ちて焼け野原になったとき、

草木も芽吹かないだろうといわれた地に70数日で

芽を出した強い生命力をもつ木です。

広島の平和を象徴する木だけに、M中の若者の歓声を聞き、

平和な雰囲気を感じ、伸び伸び、すくすく育ってくれました。

4年前、濃い桃色の夾竹桃がやって来た日、世代交代が起こりました。

白い夾竹桃は行き場を失い、私の庭にやってきました。

それから4年、すくすくと育ち、毎年白い花を咲かせています。

M中の庭でも濃い桃色の夾竹桃が、今ごろ花を開いていることでしょう。

     bell         bell         bell

あの夾竹桃の近くで、去年の12月、忘れられない出来事がありました。

心が熱くなるようなあの日に、もう一度帰りたい・・・・・・。shinexmasshine

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追憶

2008.06.09(月)

 昼間です。もう書いても大丈夫かな。消えた1日=6月7日(土)のこと。

 7日、午後3時過ぎだったと思います。無我の状態でした。荘子の「胡蝶の夢」状態です。M君が現れた実感があります。しばらく彼のことを思い出すことはないぐらい忙しかったのですが、(ああ、そうだった。今頃どうしているのかなあ。少しは良くなったのかなあ。)などと彼の闘病生活を想像しながら、何かを考えていたように思います。・・・・・・この日は本当に6日だと思っていたので、翌日まで7日という日を過ごした実感がありませんでした。

 翌日8日、朝から古い方の携帯電話が2回鳴りました。F先生からの電話で、2回目の方に出ました。それは、今朝M君が亡くなったという報せでした。その瞬間に、前日のことを幽かに思い出しました。そのことがあったので、報せに驚くこともなく比較的冷静に聞くことができました。夕方、室積で行われたお通夜に行きました。実は、そこで知り合いと話しているときに、この日が8日であることを知りました。夕方7時近くまで、ずっとこの日を7日だと思っていたわけです。台所のカレンダーには、「7日19:00~通夜、8日11:00~葬儀」と書いてありました。<奇しくも今、ちょうど11:00です。> 別の知人は、M君が7日の午後3時ごろまでは、周囲の呼びかけに何とか反応していたということを教えてくれました。

 M君、気の毒ですが、彼は天寿を全うしたのだと思います。人生に長い短いはあるものです。要は、どう生きるかだろうと思うのです。少なくとも、私の中で彼は強く印象に残っている人物の一人です。M君との思い出を少し並べてみます。

・M君、中学入学。私はこの学年の主任として出会う。姉とよく似てフランクな人柄だったので、すぐ打ち解ける。ムードメーカーで、授業をいつも盛り上げてくれていた。

・O島で宿泊学習をしたとき、初日は偶然男子グループと行動を共にしていたので、M君が某男子から殴られているのを止めに入ることとなった。M君の後頭部にできたたんこぶを水で冷やし、ずっと様子を見ていた。

・宿泊学習の2日目、M君は体調不良でカッター訓練を行わず、私と共に陸上を移動しながら海上の仲間たちを目で追っていた。一緒に何か食べたような気もするなあ?

・中2となり、私のクラスの1員となる。やはり、ムードメーカーとなってくれた。私が「好きなアーティストはORANGE RANGEです」と言ったからかどうかは分からないが、何かにつけてORANGE RANGEの話題を提供してくれた。

・だから、運動会で放送係の私は、2年男子の競技のときにはORANGE RANGEの曲を流してあげることにした。この運動会の頃には、かなりの体調不良を訴えることがあった。スポーツ万能の彼は、選手リレーにも出場したが、練習で走ったときなどかなり調子が悪くなり、私が座らせているとどこかから檄がとんできたので、「本当に調子が悪いのだから、言わないでください!」と、怒鳴ったこともあった。

・広告や使い古しの用紙で升を折って牛乳の蓋を入れる、というのがM中の給食時のやり方の一つだが、M君たちはこの升を本当によく折ってくれた。給食を食べるのが速いので残り時間を利用して折るのである。それでも、時間をもてあますと、折った升を頭にかぶりサル顔になって「ホッ、ホッ」 と言いながらみんなを笑わせていた。当然、口の中の食べ物や牛乳を吐き出す者もいた。更に当然、私に叱られていた。

・私の父が亡くなり、母の世話をするために介護休暇に入ったとき、優しい励ましの言葉を色紙に書いてくれた。(その後、まもなく彼は入院、闘病生活となる。)

・中3。上記F先生のクラスの1員となる。病院の許しを得て、たまに登校する程度だったが、必ず挨拶に来てくれていた。文化祭では「ガスレンジ」の名でH君・O君と共にORANGE RANGEを歌うことになっていた。私はdamからカラオケをとる方法を提供しただけだが、結局、M君は体調不良で歌うことは叶わなかった。あとの2人がM君の分まで本当に一生懸命歌ってくれたと思う。

 お通夜も終盤にかかったころ、会場からORANGE RANGEの曲が流れていました。思わず係の方に、なぜその曲が流されているのか尋ねると、お母様の希望ということでした。・・・・・・あの日歌えなかった歌を、M君、思い切り歌えましたか。あなたの元には、数えきれないほどの同級生だった人たちやスポーツ仲間、先輩や後輩、先生そして地域の方々が来てくれましたよ。大勢の観客の前で、いつもの笑顔で歌いましたね。私には見えましたよ。聞こえましたよ。    -合掌- 

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電話帳

2008.05.31(土)

 私の車には、常時、4冊の電話帳が積んであります。その中の2冊は実家のある地域のものです。つい先日も、それを使ってシルバー人材センターに実家の家屋周辺と田畑の除草、山の下刈りを頼んだばかりです。電話帳をめくっているうちに、2年前の不思議な思いがよみがえってきたので、関連するエッセイを一つ紹介します。

                         電話帳       2006.10 
 父の香典返しをする相手の住所を確かめるために、最新版の電話帳を開いた。電話帳には年配の男の名前が多い。
 ――この人は、このおじさんの奥さんだったっけ。
 ――この人は、このおじさんの息子だったっけ。
などと、人間関係図を頭に描きながら調べていると、かすかな話し声が頭の後ろから聞こえてくる。
 「山根さん、田が荒れたね。息子はやってくれないかね。」
 「若い者には、無理じゃ。家内も、もうおらんしな。」
 「地域の行事も、簡略化されてきたの。」
  「しかたない、あんたが早う死ぬからじゃ。」
  「おお、ワシ、死んどったんじゃの。」
  「それそれ、こうやって電話帳でも開いてくれりゃ、また元の世に戻れる。」
 「宴会ができるで。」
 「わっはっはっは……。」
 開いて置いた電話帳からは、クレッシェンドした懐かしい声がいくつも、いつまでも聞こえてくる。
 ――そうか、このおじさん、もう亡くなっているんだ。
  ――このおじさんも。だから本人の名前ではなくて、息子さんの名前で香典をくれたんだ。いつ亡くなられたのかなあ。
 電話帳の男たちの残した奥さんは、顔の輪郭を皮だけが覆う年齢になってしまった。
  電話帳には、この世もあの世もない。

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分岐点

2008.05.23(金)

 今日までの人生で、作り話のように不思議なことが2回ありました。分岐点です。アルファベットみたいな形の、進路が二つに分かれている状態のことです。

 1度目は20代前半。職業A(学校)を止めて職業B(映画業界)に進むのを決心した翌日、職業Aの側から強引な引っ張りがやってきました。結局、Aの方に進んだのだけど、これで良かったのだろうと感じることが数回ありました。

 しかし、校種には納得のいかないままで過ごす羽目になりました。中学校に勤めたかったのに当時の事情もあって、小学校着任でした。中免小勤ってやつですね。中学校に返してほしいと何度か要望を出しました。しかし無理な願いでした。そのうち諦めて小学校に腰をすえる本格的準備を始めた、その瞬間、中学校へ異校種間転勤となってしまいました。そのまま小学校にいれば、自動的に手に入る資格もあったというのにです。

 そして今、3回目の分岐点が目の前に現れようとしています。感じてしまうのです、私の場合。・・・4月1日だったか、ある人に、ある事を話しましたが、それが本当になりそうな気配がするのです。「ある人」が、もしも、あなただったら思い出してください。私がどんな事を話したかを。それが事実になることがあるとしたら、あなたと私のこれからも、作り話の世界のようになっていくかもしれませんよ(恐)。

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メタモルフォーゼ

2008.5.20(火)

ある日恋に落ちて 彼の瞳をじっと見つめた

どこか懐かしいまなざしに 心が安らぐ

廊下の壁に 二人でもたれて 

他愛のないことを 訥々(とつとつ)と語った

少し時間差ができて 出会った二人

温かさと優しさに包まれた二人だけの空間

誰にも譲りたくない この時間

――ねえ 覚えてる?

いつだったかしら この前出会った時代は

私の長い髪をきれいだと あの時あなたは言ってくれた

そして今 同じように私の髪に興味を示してくれる

あの時 石垣を背に

戦に行く話をしたあなたは淋しそうな瞳をしていた

私は石垣の石の間に涙を落とした

会えると信じていた私は 独りで髪をなでて待っていた

でも あなたは二度と私の元に戻ってきてはくれなかった

今 あなたは私を見つめてくれているけど

戦を見つめたように 別の何かを見つめる日がやってくるの?

次に出会う時は 同じぐらいの年齢で生まれてきたいね

誰に遠慮することもなく ずっと壁にもたれていたいね

   

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